2012/12/31
橋下改革・維新の会と労働運動〜最低賃金廃止論と労働組合バッシングの共通点(『POSSE vol.15』)

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POSSE vol.15

このブログ記事では、2012年5月に発売され、橋下改革を特集して話題を集めた『POSSE』15号の熊沢誠さんのインタビューを紹介しながら、衆議院選直前に維新の会が公表した「最低賃金撤廃」と、橋下大阪改革の支持を集めるのに貢献した公務員・公務員労組バッシングの共通点について考えたいと思います。


2012年末に行われた衆議院選挙では自民党が圧勝しましたが、比例投票で自民党に次ぐ得票率だったのは、民主党ではなく、橋下徹大阪市長が率いてきた日本維新の会でした。


橋下徹氏が2011年の大阪府知事・市長のW選挙で大阪市長に当選し、大阪維新の会の綱領として掲げられたのが維新八策です。その政策の多くは、公共部門の規制緩和を軸とした市場原理に任せる方向に舵が切られていました。


2012年9月には、橋下徹市長は政党設立の届出を総務相に提出し、日本維新の会が国政政党として正式に発足します。そして、この日本維新の会が衆議院選挙直前に公表した政策実例集のなかで、維新八策にすら書いていなかった最低賃金の撤廃が話題を集めました。


最低賃金廃止論の背景には、雇用さえ増やせれば、その質はなんでもよいという思想があると考えられます。この議論はあまりに労働現場の問題を考えず、そして政策としても非現実的なものです。


スウェーデンなど、最低賃金が法律として制定されていない国があるのは事実ですが、それらの国では労働組合による組織率が高く、そして何より労働協約が全国的に影響力をもっており(スウェーデンの2008年の協約のカバー率は91%、日本は16%)、労働組合への参加にかかわらず、協約の影響が及んでいます。労働組合が、業界や地域をこえて、労働者のための運動をおこなっており、最低賃金を定めた法律がなくても、経営者はその協約を守っているのです。


海外の例を比較して最低賃金撤廃を支持する論者はほぼ例外なく、こうした労使関係についての事実を見落としています。もしこれらの国にならって、本当に最低賃金を撤廃するのであれば、労働組合の実効的な影響力を強めることを前提にしなくてはなりません。


しかし、橋下氏は労働組合について、どのような対策をとってきたでしょうか。橋下氏が大阪市長に当選してから、真っ先に"悪者"としてやり玉に挙げられたのが、大阪市の労働組合でした。選挙に関するメールを勤務中に回覧していたことなどが激しく非難され、組合事務所の市庁舎内から撤退させられ、さらには入れ墨の有無や職員の思想をはかるアンケート調査を実施するなど、民主主義や人権をこころみない「攻撃」がくわえられました。


こうした呵責ない攻撃が堂々とおこなわれ、一定の支持を集めた理由については、労働者の不満が高まっていたという議論がよくなされます。しかし、この背景については、労働運動という観点からも考える必要があります。そこには、撤回したにせよ、橋下氏が最低賃金廃止論を打ち出すことのできた背景にも通じる共通の問題があったと考えられます。


その背景を読み解くために、『POSSE』15号の甲南大学名誉教授・熊沢誠さんのインタビュー「橋下「改革」対抗論――問われる公務員労働組合のゆくえ」が参考になります。


熊沢さんは、労働運動研究をしてきた立場から、公務員労組バッシングの背景を指摘します。それが、橋下改革を批判する人でもほとんどが触れられない、労使の「癒着」の問題です。大阪市の労働組合のひとつ、大阪市労働組合連合会(大阪市労連)は、地方公務員であるためにストライキ権を持てないかわりに、マヌーバ(面従腹背)的な賃金交渉を積み重ねることによってさまざまな「特権」を得てきており、それが今回攻撃の根拠となった官民格差のひとつの要因となっていると、具体的な賃金比較をしながら、熊沢さんは分析します。


こうした「癒着」は、企業別労働組合による「日本的労使関係」の通弊であると熊沢さんはいいます。企業内で統合された組合であるために、企業内での利害に取り組みが限定され、共通の利害を持たない企業外の労働者の状況に意欲が向かなくなってしまうのです。大阪市労組の癒着の問題には、企業別労働組合の弊害と同じような構造が見え隠れしているとのことです。


戦後の労働運動は、組織化された労働者によっておこなわれた賃金闘争が主軸でした。公共部門では、賃金闘争ではリーダーシップをとれませんでしたが、かわりに民間部門が失っていた職場の規制力は、依然つよいものを持っていたといわれています。しかし75年のスト権ストの失敗、85年の国鉄労働組合の解体などを経て、企業の利益と歩調をあわせる民間の労働組合と体質的に接近していくことになります。


大阪市や公務員労組のみならず、日本の左派労働運動じたいが、公共サービスの向上や労働条件の根本的な改善ではなく、仕事で楽をしながら高い賃金を要求するだけの「階級的ものとり主義」に陥っていたと熊沢さんは批判します。


公務員はストライキ権を得たうえで、普通の労使関係に入っていくべきだと熊沢さんは言います。そのうえで大阪市労連が獲得したような「既得権」は自発的に手放し、公共サービスと同じ仕事をしている非正規労働者や民間の労働者の労働条件の改善などに力を尽くすことが枢要であると言われています。


最低賃金廃止論に、論者の労働現場への無理解、政策における労使関係の軽視があったことは、言うまでもないかもしれません。しかしそれだけでなく、公務員バッシングの背景と共通する問題として、日本の労働組合が「階級的ものとり主義」に陥り、広範な影響力のある労働協約など、自分たち以外の労働条件を改善していく運動を展開できず、その意義を定着させられなかったことも、一因であると言えるのではないでしょうか。


橋下改革が支持を集めた背景や、これからの労働政策について考えるために、ぜひ『POSSE』15号をご一読ください。



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『POSSE』は日本で唯一の若者による労働問題総合誌として、2008年9月に創刊しました。NPO法人POSSEのスタッフが中心となり制作し、これまで16巻を出版、4年目を迎えました。労働・貧困問題をテーマに、現状、政策から文化までを論じています。

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